堂島ムジカ「紅茶の神様」堀江氏によるセミナーの報告

この記事は、高木園で主催したセミナー内容の要約です。紅茶はそれほどたしなまないフリーライターの第三者の目による体験ルポです。
セミナーは、「紅茶の神様」とも呼ばれ、堂島ブレックファストなどのスリランカ産紅茶を日本に広めた堂島ムジカで有名な堀江敏樹さんを講師に迎え、開催しました。堀江さんのセミナーは東北初ということもあり、記録を残すべく下記を本ページにて公開させていただきました。

日常のなかに紅茶を~Mr.Tea堀江さんが教えてくれたこと

主催:高木園
日時:2014年10月11日
場所:小名浜・タウンモールリスポ


はっきりいって、コーヒー党だ。決して嫌いなわけではないのに、ここ10年ぐらい“紅茶”から遠ざかっている。そんな私で大丈夫なのだろうか。お茶の味がわかるだろうか。一抹の不安を抱えながら、紅茶セミナーに参加した。

講師は1976年、日本で初めて、紅茶の純国産ブランド「ムジカ」を立ちあげ、インド、スリランカなどの生産国に足しげく通いながら、紅茶文化を日本に広めた第一人者・堀江敏樹さん。
神戸市にお住まいの77歳で、イニシャルのTとTEAを掛け合わせた「ミスター・ティー」の愛称で親しまれている。「紅茶の本」「カルカッタのチャイ屋さん」(ともに南船北馬舎)など紅茶にまつわる書物もいくつも執筆されている。
今回のセミナーのために初めて、福島県を訪れたという。   
「まるきり外国人ですわ」。
柔らかな関西弁で、宿泊したホテルからの眺望がすばらしかったこと、前の晩に出た魚料理がおいしかったことを教えてくれた。そして、セミナーが始まる直前、スタッフに片手鍋で炊いた4種のスパイス入りの「チャイ」を振る舞い、繁忙中の束の間を癒してくれた。スリランカにはもう72回も足を運んでいるという。旅慣れた人特有の、身軽さ、気軽さ、そして一朝一夕では身につかない優雅なたたずまいがあった。

セミナー開始前に準備をする堀江氏

 セミナーに参加したのは、およそ30人。

男性3人のほかは全員が女性。男性のうち一人は紅茶専門店のオーナーで、
「めったに会える人じゃないからね」。
と後で耳打ちしてくれた。女性の中には茶道の先生もいたらしい。だれもが、薄口で品の良い、素敵なマイカップを持ってきていた。てっきり筋金入りの紅茶党が集まったと思った。
 しかし、セミナーの冒頭で、堀江さんが
「今朝、紅茶を飲んできたという方はどれぐらいいらっしゃいますか」
 と問いかけると、手があがったのは3~4人。
「こんなもんでしょう。他と比べればいいほう、多いぐらいですよ」。
 
 堀江さんによれば、日本では1971年に紅茶の輸入が自由化となり、イギリス、フランス各国から数多くの有名ブランドの紅茶が入って来た。紅茶はかつてのように、限られた愛好者だけが楽しむ嗜好品ではなく、だれでも楽しめる身近なものになった。それにもかかわらず、「日常茶飯」のものにはなっていないのが現実という。

 なぜか。まずは紅茶文化の伝わり方がまずかった。
国内の販売業者の売り方が商業ベースにかたよりすぎ、高級品、ブランド品のようなイメージがついてしまったこと。ルースティー(茶葉)をポットで飲むという当たり前の入れ方が広まる前に、ティーバッグや茶こしでいれる等の手軽な、しかし、紅茶本来の味を損なう、おいしくない飲み方が普及してしまったことが原因だそうだ。

 「それではただの色付き水。紅茶は本来の苦さ、渋さを味わうもの。その1番の醍醐味が伝わらないまま、日本人ならではのアレンジが加えられ、本来、あまり紅茶にはなじまない柑橘系のレモンティーなんかがもてはやされるようになった」。

笑顔と軽快なトークで講演する堂島ブレックファスト堀江氏

笑顔と軽快なトークで講演する堀江氏

 では、本来の紅茶の飲み方とはいったいどんなものだろう。いくつか、守ってほしいことがあるという。

1、ルースティーをポットで入れること
2、使うのは、蛇口から出したばかりの水道水
3、水が沸騰したらすぐにケトルからポットへ
4、濃すぎる、苦すぎると感じたときは、お湯やミルクを足して調整する

 基本はこれだけでいい。
そして、堀江さんいわく、
「日本茶でお茶を入れるのと同じように、何度も繰り返しながら葉っぱの量(カップ2~3杯分のポットで3g前後)や抽出時間(葉っぱの形状や好みにより3~5分前後)のおいしいバランスを見つけてほしい」。
抽出しているときは、冷めないようにティー・コジ―(ポットを保温するためのカバー)を使う、お湯でカップを温めて置くなどの気遣いができればさらに良い。
紅茶を飲むのに使われる水、牛乳は、現地生産国では日本ほど恵まれてはいない。それでも紅茶自体の味がしっかりしているので問題はない。日本であれば、普通の水道水、市販されている牛乳(成分無調整のもの)で十分、とのことだった。

また、CTCという細かい形状の安い茶葉や、棚の奥にしまったままの、古くなった紅茶などは前述のチャイを作るのに適している。
片手鍋にお湯を沸かして茶葉を入れ、砂糖、牛乳、ショウガ、シナモン(パウダー状のものが使いやすい)、クローブ、ナツメグ、カルダモンなど好みのスパイスを入れ再び沸騰させれば完成。ミルクでまろやかになったスパイスが程よく五感を刺激してくれ、目覚めの一杯にも合いそう。ティーバッグの中の茶葉を取り出して使ってもいいという。

ショウガも、シナモンなどのスパイス群も一度にたくさん使うものではないから、台所に眠っていることが多いのではないだろうか。その中から好きなものを選べばよい。チャイは主婦的な言い方をしてしまえば、残りモノのおいしい活用法のようでもある。紅茶は本来、家庭的な飲み物なのだという当たり前のことに気付いた。

堂島ムジカの堀江氏を囲みテイスティングをする参加者のみなさま

堀江氏を囲みテイスティングをする参加者のみなさま

もちろん、イギリスの王室や伝統的な貴族文化のなかで発展した“アフタヌーンティー”などの優雅な紅茶もあるだろう。茶器やしつらえの美しさ、取り合わせの妙を楽しむやり方は日本の茶道に通じるものがある。
だが、そうしたいわば高階層による“非日常”の演出としての茶文化の背景には、日常生活の中で、家庭の主婦が母から子へと受け継いできた、庶民文化としての茶の味があるのだ。

「着物というのは本来が楽に着こなせるものです。それを堅苦しくしたのは、着物の着付け教室ってわけ」
セミナーのなかで、堀江さんが紹介した永六輔の言葉。彼が着物について語ったこの言葉がそのまま紅茶にもあてはまる。なるほどと思った。紅茶にうまくなじめずにいた私は、様式やイメージばかりにとらわれすぎていたのだ。


帰り際、一人の女性に話を聞いた。紅茶専門家でもなく、茶道の先生でもなく、生粋の紅茶党でもない多くの受講生は、何を求めてこの会場に来たのだろう。何を得たのだろう。たまたま声をかけたAさんの言葉が心に残った。

「東日本震災後、いろいろと悩み多い中で、お茶をいただく時間が私にとってとても大切なものになったんです。だから、紅茶の知識も深めたくて。今日はいろいろな気づきや発見があって良かったです。これから、自分と、そして、大切な人のためにおいしいお茶の時間を作って楽しみたい。身近なところからそうした輪を広げていければいいと思います」

 この日、スタッフの1人として堀江さんとともに大阪府から駆け付けた小原春香園の小原義弘さんも「戦争が終わって平和になると、その国の紅茶の消費量がぐっと伸びるとういう傾向にあるみたいですね」と解説してくれた。

福島県は戦争じゃなかったけれど、2011年3月11日後、お茶の時間も持てなかった殺伐の時期がある。でも、だからこそ、だれもが何気ない日常の大切さに気づいたはずだ。しばらくして落ち着きを取り戻して、町の喫茶店が一軒、また一軒と営業を再開し始めると、どこも満員になっていた時があったことを思い出す。他にも美容室や雑貨店、衣料品店などは、人であふれかえっていた。みな、美しいもの、楽しいものに飢えていたのだろう。

セミナー後、ポットに残った最後の一滴「Golden Drop」をスタッフみんなでシェアした。セミナーのために奔走したスタッフのあわただしい時間もこれでおしまい。平和でやすらかな時間が戻ってきた。

 紅茶が作り出すくつろぎのひと時は、平和の象徴なのかもしれない。
 A Pot of Tea for Smile.
ポットでたっぷりといれた紅茶は、私たちをきっと最高の笑顔に導いてくれる。

記:荒川 涼子

ストレスフルなこのご時世、ときどきはほっとする時間が人には必要ではないか。ほっとするために、充実したティータイムを過ごしていただく、そのお手伝いをしたい。
そんなビジョンを高木園は持っているのですが、セミナーでもどうにか伝わったようで、私どもがほっとさせていただきました。

2015/03/03 追記:
堀江さんから、この記事とセミナー当日についての感想をいただきました。

堀江さんからのメッセージ:
 2014年10月11日に小名浜・タウンモールリスポで「日常の中に紅茶を」の演題でちょっと辛口の話をさせていただいたMR.TEAこと堀江敏樹です。
今日は高木園さんのHPに割り込みさせていただきます。本来この計画はかなり以前からあったのですが、東日本大震災でのびのびになっていたものが、やっと実現出来たのです。
 さて,HPで荒川涼子さんが、その模様を実に丁寧にレポートされている記事を読ませていただき感激しております。
この様なレポートが、本来茶好きのDNAをもってきる福島の方々を刺激し、ペットボトルの紅茶飲料から「お茶屋さん」で茶葉を購入し、湯を沸かして、ポット(急須)に茶葉を入れてゆっくりと抽出(茶がだんだん濃くなっていく工程)を楽しむことが習慣になると思います。
 今回は2回公演しました。1回目は緑茶屋さんの高木園のスタッフの方々を対象にしましたが、さすが日頃の教育が行き届いているのか、紅茶に関しても呑飲み込みが早かったようです。
2回目は荒川さんのレポートの通りで、高木園の茶に対する情熱が、どんな地方都市であっても、どんな震災後の厳しい状況でも人々の心に反応するものだと分かりました。
2014年10月11日のHPをもう一度熟読して下さい。